乳製品市場への新型コロナの影響は?IoTでインドの酪農に革命を起こす「ステラアップス」の今
第1回CSIチャレンジ優勝企業であるステラアップスについて、取り組む課題や投資後の事業の成長など、これまでの歩みを簡単にご紹介したいと思います。
ステラアップスは、酪農家から生乳メーカーに至るサプライチェーンにITデバイスを導入し、酪農業の生産性と品質の向上・安定化を実現する企業です。ARUN Seedが2016年に実施したビジネスコンペティション「CSIチャレンジ」の第1回優勝企業で、2017年12月に、5万ドルの社会的投資を実行しました。
その後ビル・ゲイツ財団やクアルコム・ベンチャー等、世界的な財団・投資ファンドからも出資を受けて順調に売り上げを伸ばしています。
ARUNはこの社会的投資以降、定期的な財務・非財務の資料の提出や、経営者とのキャッチアップコールを通じて、刻一刻と変化するインドの酪農セクターの状況のアップデートと伴走支援を行っています。最近では、従業員が300人を超え、サービスを利用している農家の数は約280万戸に上るなど、会社の規模も拡大しています。海外に子会社を設立したり、様々なテクノロジー関連のイベントで注目を集めたりと、ビジネス基盤も強固になってきました。
インドは世界最大の生乳生産を誇る国です。パニール(チーズ)やギー(食用バターオイル)など、乳製品と深くかかわった食文化が根付いています。
実はインドは、全人口の半数以上が農業に従事している農業国家。他の作物は季節や天候により収穫量が変動するため収入にムラがありますが、牛乳の生産は1年を通して安定していることから、大切な収入源となっています。
しかし、生産した牛乳をうまく流通ルートに乗せ、収入を得られている農家は多くはありません。大々的に農家の牛乳を買い取り、脱脂粉乳や乳製品等に加工して販売する酪農組合や民間の集荷メーカーの影響力はまだまだ小さく、彼らの流通ルートに乗せられる農家は5人に1人というのが現状です。
そうすると、多くの農家は小規模な零細卸売業者に販売をゆだねるしかないのですが……彼らの統制はきちんとなされておらず、生乳に砂糖や水を混ぜて水増しし安値で買い叩いたり、過剰供給となる時期に買取を拒否したりといった行為が横行しています。
インドの酪農家の多くは、狭く小さな個人農場しか持たない零細農家で、生活の糧である貴重な牛乳の不正買取や価格下落は、大きな痛手となります。流通販売ネットワークの脆弱さ、そして相対的な生乳生産性の低さは、インド酪農業界が抱える大きな課題となっているのです。
ステラアップスは、これらの課題を解決するITデバイスの開発・生産・保守点検を通してサプライチェーン全体の改善に取り組むITスタートアップです。
同社は、インド工科大学という国内トップ大学を卒業し、その後20年ほどIT業界で経験を積んだ5名によって2011年に創業されました。
彼らは、牛乳が農家から消費者に届くまでのすべての過程(生産→業者買取→冷却→流通販売)において、ITデバイスを活用して管理を行い、牛乳がどんな状態で生産され、どこに保管され、どのように輸送され、いくらで売れているのかをすべて1つの端末で管理できる画期的な仕組みを開発したのです。
生乳の生産フェーズでは、乳牛の体にデバイスを取り付けて健康状態を常に見える化し、搾った牛乳の栄養成分も科学的に分析、その品質によって販売価格が自動で算出される仕組みです。さらに、流通過程での温度変化を防ぎ、不純物が入り込まないように管理することで、徹底して廃棄ロスを減らしました。これにより、「品質の良いものを生産すれば高い収入が得られるようになる」ため、農家の人々には、より高品質の牛乳を生産しようというインセンティブ(動機付け)が生まれます。
また新たな展開として、ITデバイス・サービスの提供だけではなく、自らがサプライチェーンを担う事業への進出、販売代金支払いの電子決済システムの開発など、まさにインドの酪農に革命を起こしている会社なのです!
ステラアップスの事業による生乳の製造・流通過程の透明化は、現地の酪農関係者に大きなインパクトを及ぼしています。
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【1】売り手(農家)と買い手(中間業者)の信頼関係の構築
【2】安定した収入の確保が可能に
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【1】売り手(農家)と買い手(中間業者)の信頼関係の構築
品質や価格決定が適正に行われるようになることで、売り手(農家)と買い手(中間業者)の間に信頼関係が生まれます。今までは、買い手が不適切な価格を提示して、それに応じなければ買い取らない、といったことも多く行われていましたが、こうしたことがなくなり、売り手側も、より高品質の生乳を販売しようと努力するようになりました。
【2】安定した収入の確保が可能に
ステラアップスのシステム導入により、農家は安定した収入を得られるようになり、生活基盤が改善するケースが増えてきました。酪農収入は農家にとって死活問題となる非常に重要なもので、この収入と農家の自殺率に相関関係があるといわれているほどです。より高品質な生乳を市場へ供給するだけでなく、生産者であるインドの零細農家の所得の向上、貧困の削減といった社会的インパクトを生み出しています。
インドでは、新型コロナウイルスの拡大に伴う大規模な都市封鎖(ロックダウン)が行われ、流通経路の遮断や、生乳生産の減少といったマイナス要素が多くなり、同社でも結果的に売上の減少といった負の影響を受けました。しかしこれらは一時的なもので、多くの国民が「ステイホーム」を強いられ生乳の個人消費が大きく伸びたことで、全体として乳製品の需要自体は減らず、大きな打撃とはなりませんでした。今回のパンデミックを通して、乳製品市場の底堅さが改めて明らかになったと言えるかもしれません。
また、都市部で仕事を失った若者が農村部に戻り、彼らが生乳生産・販売に従事する例も見受けられるといったプラスの要素もありました。引き続き予断の許さない状況は続きますが、投資家や金融機関の支援の下、更なるビジネスの拡大に向けて戦略を練っているところです。
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企業名称: ステラアップス(Stellapps Technologies)
事業内容: 酪農事業向けIoTサービス
設立: 2011年
本社: インド・バンガロール
https://www.stellapps.com/
▼JETROさんによるステラアップス社の紹介記事はこちら
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/09460b120a9cef4b.html